東京都中野区で人間国宝浜田庄司の鉄絵白差方壷、秦蔵六の花器など

買取品詳細

買取品目浜田庄司 鉄絵白差方壷
ご住所東京都中野区買取方法出張買取
買取参考価格100,000円

※買い取り価格は当日の価格であり、その価格を保証するものではありませんので予め御了承下さい。
※状態や付属品の有無、買い取り方法などによって価格が変動いたします。

お客様の声

たくさんのお品がございましたが一点一点丁寧に査定して、買い取らせていただきました。当社で買い取りを強化している人間国宝の作品などもあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。お喜びいただけて良かったです。お父様の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。本日は有難うございました。

スタッフから一言

東京都中野区上高田にて、人間国宝浜田庄司の鉄絵白差方壷、秦蔵六造の塗金銅立鼓式花器を出張買取させていただきました。
業者様のご紹介で、遺品整理にてお呼びいただきました。贈答品がたくさんあるとのことでお呼びいただきましたが、中には人間国宝である浜田(濱田)庄司の鉄絵白差方壷や秦蔵六造の塗金銅立鼓式花器など、当社で買い取りを強化している作家物などもございました。浜田庄司は昭和に活躍した陶芸家で、昭和30年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。日常的な暮らしの中で使われてきた民芸品の中で「用の美」を見出した「民芸運動」を柳宗悦、河井寛次郎、芹沢銈介らと共に推進したことでも有名となっております。次男の濱田晋作、三男の濱田篤哉、孫(晋作の次男)の濱田友緒はいずれも陶芸家、四男の濱田能生は硝子工芸家として活躍しました。秦蔵六は江戸から明治にかけて代々「蔵六」の名と伝統の鋳金技法を継承している鋳金家です。お売りいただいた作品は共箱など欠品しておりましたが、買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。良いお品を多数お売りいただき有難うございました。六角堂では、浜田庄司など人間国宝の作品を買取強化しております。ご処分をお考えの作品がございましたらお気軽にご相談くださいませ。査定経験の豊富な専門スタッフが細かく丁寧に査定させていただきます。

浜田庄司 (はまだしょうじ)1894(明治27)~1978(昭和53)
神奈川県橘樹郡高津村(現在の川崎市)溝ノ口の母の実家で生まれる。東京府立一中(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1913年(大正2年)、東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科に入学、板谷波山に師事し窯業の基礎科学面を学ぶ。1916年(大正5年)同学校を卒業後は、学校が2年先輩の河井寛次郎と共に京都市立陶芸試験場にて主に釉薬の研究を行う。またこの頃柳宗悦、富本憲吉やバーナード・リーチの知遇を得る。 1920年(大正9年)、イギリスに帰国するリーチに同行、共同してコーンウォール州セント・アイヴスに築窯する。1923年(大正12年)にはロンドンで個展を開催、成功する。 1924年(大正13年)帰国、しばらくは沖縄・壺屋窯などで学び、1930年(昭和5年)からは、それまでも深い関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子町で作陶を開始する。 殆ど手轆轤のみを使用するシンプルな造形と、釉薬の流描による大胆な模様を得意とした。戦後、1955年(昭和30年)2月15日には第1回の重要無形文化財「民芸陶器」保持者(人間国宝)に認定。また1964年(昭和39年)に紫綬褒章、1968年(昭和43年)には文化勲章を受章する。 柳宗悦の流れをうけて民芸運動に熱心であり、1961年(昭和36年)の柳の没後は日本民藝館の第2代館長にも就任する。また1977年(昭和52年)には自ら蒐集した日本国内外の民芸品を展示する益子参考館を開館。1978年(昭和53年)益子にて没。享年83。

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